「見てみろよ。夕日、超キレイだぜぇ、夏野」
 そう言ってケラケラ笑いながら、徹はさり気なさを装って肩を引き寄せてみるが、やっぱりそれも何時も通り失敗、腕を跳ね除けられた。
「徹ちゃん…しばくぞ」
「何でだよ!怖いよ!」
「名前を呼ぶなって何回言ったら解るんだ?ああ?」
「ひぇ〜〜〜ガラ悪ぃよぉ〜夏野が苛めるよぉ〜」
 しくしくしく、ウソ泣きをしてると、フン、と夏野がさも機嫌悪そうに徹を置いてすたすた行ってしまう。ちらりと徹が顔をあげてその背中を見遣る。其の儘走って背中に思い切り抱きついた。
「へへっスキありっ!」
「っ?!」
 夏野は徹の突進に数歩よろけたが、倒れはしない。夏野の身体は華奢だが、決して柔弱ではなかった。
「…だ・か・ら〜〜〜〜」
 拳を作ってわなわな、と震える夏野、やべぇと徹が後退さる。
「な、なつの…」
「名前を呼ぶなっ抱きつくな!」
 投げつけられた鞄(※教科書やら辞書やら参考書どっさり入って超重量級)を顔面に食らい徹が「ぶごぉ」と何とも無様な悲鳴をあげて後ろに倒れこんだ。
「それは幾らなんでもやりすぎだろ夏野ぉ!徹ちゃん死んじゃうよ!」
「うるさい、生きてんだろうが」
「酷いよ!夏野はおれの事やっぱ好きじゃないんだ…おれはこんなに…こんなに夏野の事好きなのに…」
 ぐ、と夏野がここで反応に詰る。ちら、と路上に尻餅をついた格好の徹が夏野の顔を見上げた。
「あ、夏野、顔赤いよ」
「…何で、あんたは、こういう公共の場で、平然と…」
「いいじゃん別に〜本当の事だしぃ。もしかして、照れてんの?照れちゃってんの?」
「〜〜〜〜〜っいっぺん死んどけ!!」
 夏野が容赦なく徹の頭を殴った。いだだだだと叫ぶ徹を置いて今度こそ夏野は走り出す。「鞄どうすんだよ!」と徹の叫ぶ声。「おれの家の玄関まで運んどけ!」其の儘走り出す。燃える夕陽の中夏野は駆ける。

 ───国道が見たい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国道を見てもその先に辿り着く事は無い。遠くの夕陽だけがただ沈んでゆく。
「なぁ、本当に都会行く気してんの?」
 当然のように彼はついてくる。後ろから夏野の背中を見ている。
「当たり前だろ。早くこんな村出て行ってやる」
「そうか」
 ───この村も、慣れればいい所だぞ。自然はあるし、空気はうまいし、長閑で。
 徹の言葉に肩を竦めてみせる夏野は、それに頷いてはいけないと解っている。それは理解している癖に、自棄を起こした人間のように自嘲染みた笑みを浮かべて、振り向き徹に言う。
「…なに、おれにそんなに出て行って欲しくないんだ?」
 徹の顔が歪んだ。そして呟いた。
「当たり前だろ」
「でも、引き止めても無駄な事くらい解ってるだろ?」
「それも当たり前だ。…もう、言わないよ。こんな事」

 まるで誘導尋問。夏野は微かに嘲笑する。───己は狡い。

 

 

 

 

 

 

 

「都会、行っちまったら、おれの事なんてどうせすぐに忘れるんだろ、夏野は」
「かもな」
「そこは否定しろよ!ああ、酷いよなつのぉ…」
「フン」
「おれも、都会に働きに出るかな。なんつって」
「はぁ?」
「お前がさ、都会の大学受かったら、おれも一緒に都会行って一緒に下宿させて貰うんだよ。そしたらおれは家賃夏野と半分こ、お前は昼大学に行き、おれは会社に行き、夜になったら一つ屋根の下」
「本気?」
「さぁ、どっちでしょう」

 徹の意趣返しだ。夏野は力無く笑って、話題を逸らす。だが結局の所それはお互い様だ。ぎりぎりの所で何かを恐れるように何かを避けるように一定の方向性へと引き戻される。それはあんたも解っている事だろうに、徹ちゃん。

「…鞄、おれん家まで持ってけっつったろ」
「だって、夏野、おれを置いて行くんだもん」
「理由になってない。ホラ、帰るぞ。ちゃんとおれの鞄持って」
「重いんだよ〜お前の鞄…」
 愚痴を言いながら肩を組んでくる。
「凭れるなって。あんた、重い」
「重いのはこっちの台詞だよ。ったく、しょうがねーなぁ」
「重くて走れない…抜け出せない」
「でも暖かいだろ?」冬がやってくる。夏野は否定をしない。児戯にも等しい言葉遊びに微笑むしかない。
「…どうだかな」