許しを乞う事すら許されなかった。
おれが殺したはずの夏野の姿を認めた時、まず驚愕し次におれの心は歓喜しまた落胆し悲嘆した。ああ、これで夏野は生き返った。屍鬼として、おれたちの同族として蘇ったのだと安堵した次の瞬間、凄まじい程の罪悪感が首を擡げた。───おれは、人を殺める罪の上に、更に親友をこんな汚らわしい生き物に塗り替えてしまうという大罪を犯した。ああ、恐ろしい化け物のこの身体!!そして更に恐ろしいのはおれの意識だ。夏野が起き上がったならば、おれは殺人を犯したことにはならない。唯一無二の親友を殺したことにはならない、ああよかったよかった……自分が憎い。憎くて憎くて堪らない。その癖おれは自分の身が可愛いのだ。夏野が起き上がった事で、おれの罪が軽くなったと少しでも感じたいのだ。こんな呪われた体になってなお生にしがみつくしかないのだ。おれは日毎に昔の夢を見る。もう眠りたい。昔に還りたい。このまま眼が覚めなければいいのに。なあ夏野。
なあ、おまえさ、何でおれなんかに構うワケ。
あの日は夏の記憶の中にある。暑い暑い、夏の日だ。ゆっくり歩いていても汗がつうと伝っていく。 逆に、何だかんだとおれを嫌がらなくなったのはどうしてだ、と聞き返した。 彼は一瞬困ったような、迷子になった子供のような顔をして、次にムッツリと脹れた。シャツが風に揺れている。眼に痛い白。 そもそもこの問いに語弊があったのかもしれない。おれに惹かれているのが夏野ではなく、おれが魅かれているのが夏野なのだ。問いを発するべきは寧ろおれの方だったのかもしれない。…なあ夏野、何でおれなんかに構うんだ。 村の中で彼は異端者だった。纏う空気も顔立ちも振る舞いも何もかもが眼を惹いた。誰もが鮮烈に彼に憧れていた。あの正雄でさえ、彼を疎んじながらもその実誰よりも彼に憧憬を抱いていたのだから。その彼がおれと居る事を好んだのは、おれにとってみれば面映くも不思議でさえあった。 おれが夏野と居る事を好んだのは当たり前だ。おれも彼に酷く魅かれている人間の内の一人だった。勝手気侭そうに見えて優しい奴だった。その優しさを人に見せない所がまた彼の優しさであり、その所為で誰よりも誤解を受け易かったが、おれはそこが好きだった。おれはお前が好きだった。 「おれは起き上がりを許すつもりはない。徹ちゃん、あんたもだ」 お前はいつもそうだ。お前はいつも正しい。何者にも屈せず自由なお前が羨ましかった。弱いおれと似ても似つかないお前に憧れていた。 許して欲しい。許さないで欲しい。
助けてくれ。何処も彼処も真っ赤だ。血の色だ。夏野。
2010/10/29 |