死んだ鳥を見て彼女は笑う。
「青空の中を、太陽の下を駆け回るってどんな気分なのかしら。」
ねえ教えて辰巳。 どうして神様は不公平なのかしら。どうして生も死も平等じゃないの。どうして世の中はこんなに哀しい事だらけなのかしら。
「あの坊主に聞いてみたらどうだい。沙子のお気に入りの。」
「彼はダメよ。余りに私と近すぎるもの。」
人は己の似姿を求める。それか己と正反対のものを。だからこそ俺は彼女をうつくしいと感じる。純粋で哀しくうつくしい少女は、今日も俺の前で綺麗に笑む。地に堕ちた小鳥の墓は作ってあげる癖に、己の糧となった家畜の墓は作らない。それもきっと小鳥が彼女の似姿だからだ。じゃあ彼が糧になった暁には。
神が居るとすればきっとこの少女の形をしているに違いないと、俺は信じてやまない。だがその俺の神は神を信じていない。だが俺はこうして自分の神に満足している。
少女の姿の癖に酷く老いた瞳をしている。疲弊しているのだ。生も死も彼女の中にある。慈愛も冷酷さもうつくしさも醜さも全てが綯交ぜになっては瞳の奥底の闇に消えていく。
目的さえ意義さえ失われた暗闇を歩み続ける神に付き添うべく、辰巳は喜んで彼女の足の甲にさえ接吻する。
「いつの世であろうとも、弱者が死ぬ。しかし神に見捨てられたその賤しい弱者こそがその実神に最も愛されている者なんだろうね」彼女は笑った。
「違うわ。それは神に見捨てられた者の苦しい言い訳よ。───でも、きっと室井さんなら貴方と同じ事言うわ。辰巳」
甘美な喜びは何処までも昏く、またこれは愛でもなく好意でもなく最早信仰ですら無かった事に辰巳はふと気付き、じっと少女を見つめた。少女は踊るように軽やかに辰巳に近づき、其の儘黙って辰巳を抱きしめた。
…誰よりもそう信じたいのは君の癖に、かわいそうなおれの沙子。 |