異邦人の俺は
      親友の 裏切りの接吻   を受け
    死ぬ直前で 

              蘇った。


          永遠の眠りを齎す為に。
        永遠の安息と死を与える為に。

 

 異邦人の主は
       弟子の 裏切りの接吻   を受け
                 一度死んだが

             蘇った。

                      

          救いを齎す為に。
        安息と許しを与える為に。

 

 

 

 夏野の言いつけをきちんと守ってかつての親友は得た情報を彼にぽつりぽつりと報告し続ける。
 下り坂を下る車輪はもう止まらないのだ、と夏野はふと思い、そしてあと一時間程で曙がやってくる事に気が付いた。東が明るみ始めたらもう終わりだ。

「…時間だ。そろそろ帰れ。日が昇る」
 脅えたように徹の目が夏野を見た。
「…」
 徹は暫し逡巡する素振りを見せた後、夏野に背を向けた。
「黙って去るなよ。おやすみの一言位言ったらどうなんだ、昔みたいにさ」
 徹は一瞬足を止めたが、夏野を振り返らずに桐敷の屋敷へと帰るべくまた歩き出す。夏野の予想と寸分も違わない反応。
 ───当然だ。

 もう昔へは還れない。もう昔へは還れない。眠気を感じない夏野はずる、と其の儘横の木に凭れてしゃがみこむ。朝が来る。

 ───許しを請う事すら許さなかったのだから、当然だ。

 外場を取り囲む樅林の色は漆黒に溶け込み、暗い。だが直に夜が明ける。刻々とその時がやってくる。終末の日。審判の日。裁きの日。朝が来る。

 

「おやすみ、徹ちゃん」
 なあ、あんたは夢見んのか。どんな夢見んの。夢なんて見たくない。幻は幻以外の何者でもない。還りたいのに還れない。
 泡沫が浮かんでは消えていくのがはっきりと夏野の眼には見える。これから多くの血が流れる。そしてその発端を担うのは自分だ。生も死も恐らく全てが空中で瓦解する。

 そうしてかっきり朝陽が昇り始めた頃合に、夏野は漸く眼を閉じ、意識の上澄みをゆるゆるとなぞった。血のように赤い暁光が白面を照らす。…ああ、ここにも死が潜んでいる。だが死は救いでもある筈だ。眠りが癒しであるのと同じく。
 願わくば安息の眠りを。

 その為ならばどんな犠牲をも厭わない。この身でさえ。